「憧れの対象たる者、ちゃんとしていてくださいね」 ――スポーツ・インテグリティを考える

柔道、アメフト、体操、レスリングに相撲まで、パワハラ、セクハラ、さまざまな不祥事が報道されるスポーツ界。オリンピックに向けて法改正の動きもあるなかで出てきたちょっと耳慣れない言葉、「スポーツ・インテグリティ」とは何なのか? 日本ラグビーフットボール選手会や日本バスケットボール選手会の顧問弁護士で一般社団法人日本スポーツインテグリティ機構の理事でもある堀口雅則氏に解説していただき、変わりつつあるスポーツコミュニティについて考えた。


スポーツ・インテグリティとは

堀口:いま、「インテグリティ」という言葉がはやっています。これは日本だけではありません。世界もインテグリティをどうしようかと話している。Integrityとは、高潔性・誠実性のことです。スポーツ・インテグリティは「スポーツの高潔性・誠実性」と言われていますが、英語と日本語のどちらも話せる人に聞いても、なかなか日本語に訳しづらいそうです。

では、具体的にはどういうイメージを持てばよいか。たとえば学校にいきなり筒香が現れた。本田圭佑が現れた。スポーツ選手は憧れの対象です。ふだんサッカーや野球をそんなに見なくても、子供たちは大熱狂します。スポーツ選手の与える影響力は、すごく大きい。その憧れの対象がそんなことをやったらガッカリだよということはしないで、ちゃんとしていてくださいよというのが、スポーツ・インテグリティの大まかなイメージだと思ってください。

もちろん、高潔性、誠実性、健全性というのは、我々弁護士もそうですし、人に見られる職業には全員あるものです。それが今、なぜスポーツだけが取り上げられているかというと、特に影響力が大きいのにもかかわらず、インテグリティを欠くことが多いためです。

スポーツ・インテグリティ違反の類型

スポーツ・インテグリティの違反行為には、競技内と競技外のものがあります。

競技内はドーピングと八百長です。これはある程度監視されています。

いま問題になっているのは、競技外のところです。団体で問題になるのは、ガバナンスです。統治、統制が利いているかということです。個人で問題になるのは、暴力、パワハラ、セクハラ。暴力、パワハラは指導の行き過ぎでなることが多いのですが、指導の行き過ぎでセクハラはありません。

善意がインテグリティ違反にもなりうる

違反の背景には、なにしろ一番は伝統的なスポーツ界の上下関係があります。加えて、「熱血指導」信仰があります。またスポーツの指導者は、狭い世界で生きていることが多い。スポーツ・インテグリティの通達が出ても知らず、今までやってきたことを踏襲する。それで強くなってきた、いいじゃないかとなるのです。そして上下関係と近いことですが、指導者と選手の距離感がすごく重要です。ここが、海外と日本でいちばん違うところです。

皆さんがあるスポーツのコーチだとしましょう。合宿が終わり、夜7時ぐらいに解散場所に帰ってきました。そこに親が迎えに来ます。5分ぐらいたったら、一人だけ、自分とは違う性別の高校生が残っていました。そのときに、どう対応するか。次の三つのなかからだと、どれを選びますか。

  1. 放っておく。
  2. 自分が車で送る。
  3. 親へ何回も電話させる。

正解は、3です。送っては駄目です。間違いが起こってはいけない。だから、何回も電話をかけさせてください。何回も電話をかけてすごく時間がたった、遅くなってしまった。そうしたら仕方なく車で送るしかないのですが、自分が運転をする場合には、絶対に生徒は後部座席に乗せてください。

この問題で、日本の指導者は善意のもと、絶対に自分で送ると思うのです。それで問題が起こらないことが多いでしょう。子供も素直に乗ると思います。ただ、その乗った100例のうち、1例でも2例でもセクハラ事件につながったりするのです。日本で今いちばん足りないのは、この距離感を適切に取ることです。

団体で起こる違反の背景には、法人格がないことがとても多い。団体の成り立ちとして、地元のおじさんたちがそろそろ作るかと言って作り、手弁当で、力を合わせてやっています。これが悪いとは言いません。日本のスポーツにおける裾野の広さは、皆さんのボランティアで成り立ってきたのです。ただ、この成り立ちゆえに、法律の規制などを知らなかったり、内規がなかったりするのです。そういうところで機関決定をしたり、トップが変なことをしたら代えたりするなんてことはできないのです。

違反を予防する必要性

違反を予防する必要性として、まず「スポーツと人権」があります。いま世界ですごく重要になっています。たとえば、オリンピックの規程には、招致したい国は人権を守らなければならないとなっています。規程をクリアしないと、オリンピックを呼べないのです。またチャンピオンズリーグなど世界的にお金になる、ヨーロッパならどの国も招致したいイベントでも、全部そうです。人権を守らなければ国際的なスポーツビジネスはできません。

次に、子供を守らなければいけない。これも世界の潮流になっています。ここ何年かのスポーツの不祥事を見ていると、18歳以下の選手に対して、大人が指導者という立場を利用して、悪いことをする。殴る。違反行為を強要する。セクハラをする。被害者になりやすいのは、18歳以下なのです。

そして、違反を予防することは、選手を守るだけではないのです。部活の顧問が異性を指導していて、その子に安易に触ってしまう。それでセクハラだと訴えられる。教師にヒアリングをすると、「魔が差したんです」という。だったら、魔を差させない体制を作ればいいのです。

事情の違いに配慮した対策を

違反を止めるには、内部でのチェック体制はもちろんのこと、内部・外部への通報体制がすごく重要なのですが、問題は、誰がこの通報を受けるのか。日本の地方レベルのスポーツ団体でガバナンスがしっかり利いている団体は多くありません。トップレベルの選手以外の通報機関が日本にはないに等しいのです。通報体制の整備が必要です。

今後の対策として、規範の策定、研修、通報を受ける体制の強化、通報を検討する体制の強化、アウトソーシングが挙げられます。一つ注意していただきたいのは、大都市部と地方では事情が全然違います。企業の不祥事における第三者委員会の話と同じく、地方には利害関係のない人や弁護士がいないのです。地方目線で、地方のリソースでできることを考えていただきたいと思います。


講演後の意見交換では、団体の自浄作用に濃淡があることや、問題が見つかったときに指導や監督を誰がするのかという規定がまったくないこと、通報を受けた初動の段階でいかに公正性を確保するかなどの課題が挙がった。

堀口氏からは、地方レベルについては通報窓口を国で引き取らないと無理だとの見解が示された。また、社会におけるパワハラ、セクハラ、飲酒運転について言い続けることで話題が浸透してきて行動が変わってきたように、スポーツ・インテグリティについても、問題を起こす人たちが根本的に変わるのは難しくても、言い続けることで行動が少しずつでも変わればいいという。

ポスト平成もにらみ、オリンピックに向けてさまざまな動きがあるなか、堀口氏から「とりあえずトップアスリートだけに対応するというのではなく、最初からすべてのスポーツで困っている子供たちの話を聞いて助けることができる体制を作ってほしい」との熱望が出たところで閉会となった。