EdTechで起こす教育のイノベーション

「ゼロプラMeetUP!」の初めての集まりが、11月7日に衆議院第1議員会館会議室で開催された。

「Meetup」は、あるテーマなり関心事についてリアルの世界で集まり、コミュニティを豊かにしていくためのSNSだ。非常にオープンでフラットな集まりを作りやすいという特長がある。永田町の世界は普通の人には敷居が高く感じられるが、「ゼロプラMeetUP!」では市井の人も議員も一緒に学ぶことができ、さらにはそこでつながりが生まれ、コミュニティも広がればという思いをもって、集まりが企画された。

第1回のテーマに選ばれたのは「EdTech」。この分野の第一人者であるデジタルハリウッド大学大学院の佐藤昌宏教授をお招きして、EdTechとは何なのか、何を目指していくのかを伺った。


 

目指すは「教育のイノベーション」

佐藤:EdTechのことをお話しするにあたって、私が何をやっているのか、何がしたいのかを一言で言うと、「教育のイノベーション」になります。イノベーションを起こす切り口は、デジタルテクノロジーのポテンシャルと教育イノベーターの変革する力です。既存の常識にとらわれずに新しい改革を進めようとする人たちのことを、教育イノベーターと呼んでいます。

私自身は、主に三つの活動をしています。一つは、トップダウンです。教育は制度や仕組みなので、制度提言ができる、仕組みに対して意見が申し上げる立場にいなければいけない。教育再生実行会議や経産省「未来の教室」、EdTech研究会、それ以外にもいくつかの委員をやっています。二つ目として、ボトムアップです。自分でも教員として、毎週火曜日の夜は授業もやっています。教育を改革するアプリやサービス、コンテンツも、研究員たちとともに作っています。もう一つは、ベンチャー支援をしています。

EdTechとは

「xTech」はご存じでしょうか。「エクステック」とか「クロステック」という言い方をします。先端テクノロジーを活用した、産業構造や競争原理、仕組みそのものが再定義されるようなイノベーションを意味します。金融ならFinTech、農業ならAgriTech、政治ならPoliTechです。そのうちの一つが、EdTechです。

EdTechというとツールやアプリケーションを指すこともありますが、テクノロジーを活用した教育イノベーションのことになります。その背景にあるのは、インターネットなどのテクノロジーの劇的な進化です。インフラはかなりコストが安くなって、安定してきています。

たとえば、MOOC(ムーク:Massive Open Online Course)という、アメリカの大学の授業が無料で見られるサービスがあります。モンゴル在住の16歳の少年がMOOCを使って電子回路の勉強をしてMITの教授に認められ、特待生として入学しています。彼は、「これがなかったら、僕は学習機会を得ることができなかった」と言っています。

ビッグデータによるイノベーションも大きく進んでいます。デジタル上で学んだものはログに残ります。それを解析して、個別最適化した学びを与えることできます。

EdTechはどこに効き、教員はどこに効くか

EdTechが動き出すと、いったいどんなことが起こるのか。

一つは「教育を科学する」という側面があります。デジタル上で残るので、「可視化でき、検証可能で、再現性があるもの」にできます。これまでの教育は先生たちの職人芸や経験に頼ることが多かったのですが、その経験を超えるようなサイエンスが可能になるのです。

いつもこの話をすると、先生たちのアイデンティティーが奪われてしまうのではないかといった話があるのですが、「人間の勘 vs テクノロジー」ではありません。テクノロジーはあくまでも人間を支援するためのツールなのです。

図1

図1のように横軸を能力、縦軸を学習意欲とします。Aは模範的学習者、Bは優等生、Cはやればできる子、Dは劣等生だとしたときに、CとDには何が効くのか。私は人間の力なのではないかと考えています。AとB、とりわけ学習意欲の高いほうには、テクノロジーが効きます。図書館は時間が来れば閉まってしまいますが、GoogleやWikipediaに聞いていけば子供たちの知的欲求をずっと満たしてくれます。

先生の役割も大きく変わります。Teacher、Facilitator、Tutor、Coachの役割の中でテクノロジーがいちばん得意だとされるのは、TeacherやTutorの領域です。では、人間のやるべきところはどこか。こういったことも「科学する」意味になってくると思います。

図2

教育から学びへ

教育の科学が今のテクノロジーでどんどん進むと、驚くべきことが起こるのではないか。それは、「教育から学びへ変わる」ということです。

マサチューセッツ工科大学教授・MITメディアラボ所長の伊藤穣一さんは、テクノロジーが普及するとLearning over Education、教育から学びに変わると言っています。これまでは学びたいと思ったら学校という場に行き、先生という識者に教えを請う方法しかありませんでした。ところが今はインターネットにつながったパソコンさえあれば、永遠に自分の知的欲求を満たすことができます。学びの時代、つまり学習者中心の時代が来るのではないかと言うのです。

図3

図3は私が目指している具体的な姿です。インターネットがあって、クラウドに自分の学習ログを残せると、家、学校、塾が全部シームレスにつながります。学校で学んだ続きから塾で学び、塾で学んだ続きから家で勉強し、家で勉強した情報を学校にも塾にもフィードバックすることができます。学習者のために学びを徹底的に考えると、たぶんこの方法が正しいと思います。

理論上では、今のテクノロジーでできます。ただ、現実的には個人情報の問題や学校の問題などがあって、いま僕はそれと対峙しているかたちになります。早くこのようなシームレスな世界を作りたいと思っています。

定点観測から常時観測へ

学習ログが全部デジタル上に残せることを利用して、京都大学では機械学習によるカンニング検出技術を開発しました。日々蓄積している大量のデータを解析し、被験者の能力を推定する。そうすると、試験の時に急に解けていたら、これは異常値だと分かります。

ちょっと待ってください。もしそうだとしたら、入試は要りますか?

要らないですよね。8歳であろうが13歳であろうが50歳であろうが、ある一定のレベルに達したら大学に行けばいい。つまり、定点観測から常時観測に変わるのです。あんなにインフルエンザのはやる時期に人生をかけて一発勝負をやるより、私は常時観測のほうがフェアだと思います。これは私の夢のようなものです。

EdTechの観点から、日本の教育に対するリクエスト

教育再生実行会議で申し上げたことが3点あります。

一つ目は、「Society5.0に向けた教育環境を即作るべき」。学校のITインフラの環境を整えてくれという話です。いまだにWi-Fiの普及率が30%です。アドビの調査では、アドビやマイクロソフトのソフトが使えない環境にある学校が、47%もあります。ネットワーク環境の話だけではなく、個人情報保護の問題もあります。内閣府でクラウドをやろうという戦略を打っているのにもかかわらず、2000もの自治体に、個人情報が入っているパソコンにオンライン結合したらいけないという条例が残っているのです。ベンチャーなりソフトウエア会社なりが学習者中心の学びを提供し、学習者に火をつけて勝手に学ばせるような仕組みを作るから、とにかくインフラだけは整えてくれというリクエストです。

二つ目は、「試行錯誤(失敗)を許容する実証事業を実施するべき」。教育やイノベーションには試行錯誤が非常に重要なのです。ところが教育現場は、失敗したらいけないと言われるのです。完成したものだけ持ってこいと言われても、変わるわけがない。なので、サンドボックスや特区的なかたちで、失敗してもいいような環境を作ってほしい。

三つ目として、「やめることを決めるべき」。教育はやることばかり増えてくるのです。先生たち、大変。プログラミング教育が入ってきて、英語は4技能が入ってきて、ダンスの必修化まで入ってきた。減ることがないのです。教育再生実行会議でも、やめることを決める会議はどこですかと聞いたのですが、答えはありませんでした。積み重ねばかりです。

以上がEdTechの観点から見た日本の教育に対するリクエストです。このイノベーションを起こしていくのは、「脱藩浪士」や「黒船」ではないかと思っています。


佐藤教授の話を受け、活発な議論が行われた。海外の事例としては、国の抱えている課題が教育の在り方を作るのであり、先進国と新興国では国の抱えている課題が違うことから、やはりアメリカやヨーロッパ、そしてシンガポールが参考になるという。

また、学習のカリキュラムそのものを見直す必要性についても話題に上がった。佐藤教授は学習指導要領について、基礎学力作りには非常によくできていて、世界にも誇るべき体系になっていると賞賛する一方、高校ぐらいからは生徒たちの可能性を限定していってしまうという問題点も指摘した。学習指導要領をオープンにして民間でデータを使えるようにすれば、オープンイノベーションや競争が起こって、いいコンテンツが生まれてくるというアイデアが提示された。

「利権に縛られてこの国が沈むのを見ていられないのです」という、イノベーションへの熱い思いと切実な願いが込められた佐藤教授のコメントで、第1回会合が締めくくられた。