「鎌倉資本主義」を提唱するカヤックの試み
面白法人カヤックは、鎌倉市内に「まちの保育園」「まちの社員食堂」を立ち上げ、地域で働く人・暮らす人がつながり、地域の価値を向上させる活動に取り組んでいる。GDPでは測れない新しい価値を提唱する「鎌倉資本主義」の考え方を、戦略担当執行役員の佐藤純一氏に聞いた。
地域に根ざすローカリズム経営
1998年設立のカヤックは、鎌倉市では唯一の上場企業で、日本的面白コンテンツ事業(広告、ゲーム)を手がけています。平均年齢は29~30歳、クリエーターが約90%を占めています。またグループ企業では、ブライダル、住宅、不動産など、ライフスタイル領域などの関連事業を行っています。
当社は、口コミ伝搬性の高い(いわゆるバズるというような)キャンペーン広告の企画制作で評価されており、もう一つの主要事業であるゲームは人を動機づけして動かす仕組みづくりでもあります。このような企画力と技術力が当社の強みです。
また、我々は鎌倉に根ざす地域企業として活動しています。本来であれば鎌倉よりも、渋谷や六本木、秋葉原を拠点にしたほうが採用もしやすいですし、クライアントとも近く、経済合理性はあります。しかし、鎌倉にこだわって自分たちが鎌倉に貢献して鎌倉の価値を上げることで自分たちの価値も上がると考え、地域に密着した企業活動をしています。
「まちの」シリーズでつながりをつくる
鎌倉は、市政として「共創型未来都市」を掲げていますが、我々は鎌倉を「つながるまち」にすることをキーワードにして、つながるシチュエーションをつくっています。
一番有名なのは「まちの社員食堂」で、地域の企業や団体が共同で使える社員食堂を運営しています。
鎌倉は観光都市なのでランチが高いことから、若い人が気軽に食べられるような社員食堂があればいいと考えました。昨年9月に決めて、半年で建物からつくって今年4月16日にオープンしました。
会員には朝食500円、昼食800円、夕食900円で、夜は一杯350円で日本酒や鎌倉ビールを提供しています。会員は現在約50団体。若い企業も伝統企業も、鎌倉市役所の職員も食べにきます。あくまでも社員食堂、はたらく人向けの施設であるため観光客は利用できませんが、会員でなくとも鎌倉で働いている名刺があれば100円高で食べられます。
もともと、地域企業の経営者同士は仲がいいのですが、経営者同士が同行した社員を紹介し合うことで、社員同士も仲良くなります。同行した他地域の企業の方や市役所の職員との交流もできます。飲食の提供は、地域の飲食店が週替わりで行っているので、地域飲食店の人とも仲良くなれます。
鎌倉は観光客は多いのですが、ほとんどが東京に泊まって、夕飯は食べずに帰ります。18時には飲食店には誰もいなくなってしまいます。地域の飲食店は、夜は地域住民や地域企業の職員にもに食べてほしいのですが、観光客向けの店舗だと思われており、なかなか利用が進みません。「まちの社員食堂」で地域の働く人とコミュニケーションができれば、週末や夜に家族と来てみようという話になります。
そして、都心よりも採用が厳しい鎌倉で、働く人をたくさん増やそうと考えているのが「まちの人事部」です。伝統企業の井上蒲鉾店、鉢の木や、カヤック、インバウンド事業のHuber.(ハバー)、鎌倉市役所などの地域団体の人事担当者が集まって、採用イベントなどを実施します。
また、「まちの保育園かまくら」は、松本理寿輝氏のまちの保育園のフランチャイズとして、鳩サブレの豊島屋と共同で運営しています。最初は企業内保育園も考えましたが、どうせつくるなら街の働く人を応援したい、働く人同士がコミュニケーションができたほうがいいのでオープンにやっています。
つぎに、我々のオフィスに対する考え方をお話したいと思います。鎌倉は景観保護が厳しく不動産流動性も低いため、大きな建物が建てられません。成長企業は、小さなオフィスをたくさんもつことにならざるを得ません。当社も、11月に竣工した新オフィスは建築家の谷尻誠氏による中規模オフィスで300人弱入りますが、それ以外は数拠点の小規模オフィスに分散しています。
そこで、むしろ、オフィスとまちの境界線をあいまいにして、「御成通りが僕らのオフィス」と考えています。まちがオフィスであり、オフィスもまちの一部にしていこうという考え方です。鎌倉駅の北にある小町通りは観光商店街で常に観光客で賑わっていますが、その反対側にある御成通り商店街は地元の人の商店街であり、我々はその地域に根ざしてオフィスづくり、つまりまちづくりを進めていこうと思います。
カマコン形式の地域コミュニティが全国に拡大
地域コミュニティ「カマコン」は2013年に、鎌倉を拠点とするIT企業数社が発起し、鎌倉を盛り上げるために始まったものです。現在は、IT企業に限らず、おおくの市民や団体が参加する取り組みになっています。月例会を地域の結婚式場である鶴ヶ岡会館で行っていますが、毎回100人以上の方が参加するイベントです。毎回5人くらいがまちを良くする企画をプレゼンし、その実現に向けブレストを行います。例えば防災イベントをやりたいので仲間を集めたいがどうすればいいかをアイデアを出し合います。出てきたアイデアを最後にもう一度プレゼンして、手伝いたい人を募ると皆が手を挙げて、フェイスブックでグループが組まれてそこで活動が始まります。
カマコンは、活動をはじめてすでに5年となり、はじまったプロジェクトも現在250を超えました。資金が足りなかったら鎌倉独自のクラウドファンディング「iikuni」があります。驚異の成功率94%で、ほとんどが数十万円規模ですが、大きいものとしては一時は中止が決まった「第69回鎌倉花火大会2017」を1200万円以上集めて実施することができました。
「津波が来たら高いところに逃げるプロジェクト」は2013年に始まったもので、今年はビルの横にここまで津波がきますよというサインをして皆に見てもらえるようにしました。
そんなカマコン形式での地域コミュニティは、現在では全国40カ所くらいに拡大しています。カマコンへの視察参加希望も多いのですが、長いときは2カ月程度お待ちいただく状況で、鎌倉以外の自治体や地域企業も参加しています。
地域のつながり、地域社会資本がカギとなる
地域企業や民間コミュニティが中心となり、地域特有の環境資源や社会関係などを活用して、地域の豊かさを育むという考え方が「地域資本主義」です。鎌倉で実践してきた地域活性のやり方を「鎌倉資本主義」と名付け、11月末に『鎌倉資本主義』という本を出しました。
地域資本は、地域環境資本(自然や文化)、地域社会資本(人と人のつながり)、地域経済資本(財源や生産性)の3つの資本で構成されています。経済資本以外の2つの資本は、これまであまり定量化されてこなかった価値で、それを測るための新しい指標が必要です。
どこの地域も環境や経済には投資してきましたが、社会資本にはあまり投資されていないのが実情です。たとえ環境資本も経済資本も乏しい自治体でも、社会資本、人と人の濃いつながりがある地域があると思います。そういうアセットを可視化し育て、活用していくことで、地域環境も地域経済も豊かになります。
そして、この3つの資本はすべて循環しているので、つながりの増加が解決することは多く、経済的な発展や観光、まちの賑わいや移住・定住にも、自然環境や文化保全にも有効なのです。
つながりがつくる、新しい経済
カヤックは、地域資本主義の考え方に基づいて、人と人とのつながりを増やすことを支援したいと考え、8月末に事業会社QWAN(クワン)を立ち上げました。地域社会資本の増大による地域活性化にむけたICTプラットフォームの提供を目指しています。
地域通貨が再びブームになっていますが、20年前との違いは、ブロックチェーン技術やキャッシュレス決済の推進など外的要因だけで、本質的に変わっていません。基本は、地域の中の消費を掘り起こして、地域の中で使ってもらう、いわば内需拡大のためのツールです。しかし、多くの地域は小規模で人口も減少傾向にあり、域内消費の拡大で経済発展が望める地域はまれです。それよりも「つながり」に投資し地域を豊かにするべきだと考えて、QWANでは、地域のつながりを可視化して楽しく増やすための新しい地域通貨を準備しています。カヤックの得意な広告とゲームの領域、ゲーミフィケーションとブロックチェーンの技術をつかって、地域のつながりを増大させるソリューションサービスを提供するものです。来年春から夏頃に、まちの社員食堂など御成商店街から始め、多くの地域で使っていただく予定です。
地域のつながりの可視化、つまり地域社会資本の可視化ができれば、GDP(国内総生産)だけではない豊かさの指標を持つことができます。我々は、このような指標を、国民総つながり生産(GDE)と仮に称し、地域社会資本を可視化したいと思っています。地域の環境や経済力だけではなく、人のつながりが評価され、増加するための投資が進む社会になればと考えています。
講演後の質疑応答では、鎌倉だからできることなのではないかという質問に対して、「たしかに鎌倉には有利な点もあるが、一方で鎌倉特有の難しさもある。その地域特有の難しさがあると思うが、鎌倉だけじゃない他の地域でも実証していきたい」。食とエネルギーの自給に関しては、「地域資本主義では、地域資本の自立循環を高めることで地域資本が増加する機会も増えると考えているので、自給率を上げていくことは望ましい。エネルギーについても小規模発電などを利用したバーチャルパワープラント(VPP)のようなテクノロジーも発展すれば面白いのではないか」と話された。
活性化の要点として「テーマタウン化は有効な施策で、それぞれの地域が小さな東京を目指すのではなく個性化していくことで、その地域に根ざす理由も生まれる。地域企業や関係人口も増加するのではないか。」として、「それぞれの地域が固有の地域資本主義を発信できるように連携していきたい」と語った。