「皆が何も恐れずに、やりたいことをやっていける世の中にしたい。そのためには健康が第一だが、地域での実践には課題が山積している」。理学療法士であり、NPO法人地域医療連繫団体.Needsの共同代表理事を務める伊東浩樹氏の胸中には、そんな思いが去来している。まず必要なのは「医療資格者が医療施設の外に、積極的に出ていくこと」と考えた伊東は、さまざまな布石を打つ。団体名に「連携」ではなく、敢えて「連繫」の文字を組織に当てたことについても、深い思いがあればこそだ。
地域包括ケアシステムの構築が大切と言われながら……
Needsの理事は、伊東を含めて現在5人。学生時代からの知り合いだ。結成のきっかけとなったのは、3年前に各々が臨床の現場に出た際の衝撃だった。
「地域包括ケアシステムの構築が大切だと言われながら、できていない。病院の外に、医療資格者が出ていない。どうすれば出ていくようになるのだろう」と、ディスカッションが行われた末に実ったのが、Needsである。
いま5人は、日本内外に散開している(2018年10月現在)。例えば、もう1人の代表理事である進谷憲亮は、カンボジアで医師として現地支援に携わる。副代表理事の伊波友理華は沖縄で終末期医療に従事している。また、理事の詫間勇輔は地域の薬局の薬剤師として活躍しており、監事の峠理沙は、大学病院で放射線技師として勤務する。違う場所にいながら、危機感を同じくしている。
実際、臨床の現場では「糖尿病に罹った人などから『こうなる前に、もっと知りたかった』とする無念の思いを聞かされました。住んでいる地域で、情報を入手できなかったとおっしゃるのです」(伊東)。
我々の手で情報を吸い上げ、地域を繫いでいこう
そんな伊東代表らが心がけているのは、「インターネットではなく、医療資格者が正しい情報を地域に発信していきたい」という思いだ。実際に、幼稚園から大学までの教育機関や市民センターなどの地域施設で出前授業をしている。
病院を場として選ばないのには、理由がある。「告知して参加するのは、地域の元気な高齢者ばかりだから」と、伊東代表は苦笑する。「そうではなく、子どもたちのような『知りたがろうとしない』世代や、病気になる前に知っておいてほしい世代にアプローチする必要があるのです」。
そう話す本人は、病院を「川下」と例える。つまり、病という川に溺れてしまった人たちが来るのが病院となり、まだ病気にかかってない「川上」の人たちへのアプローチが必要なのだ。
こうした出前授業では、必ずアンケートを取る。それを基に要望を吸い上げ、足りないところは「学生組織を作り、動かしたほうがよいのではないか」など、行政に話を持っていく。また、そこからNPO法人としての活動や、他の行政の事業や、キーパーソンが行っている事業にコミットしていきたいと考えている。
「今ある地域の取り組みを、我々が壊す必要はありません。それぞれが繋がることで、新しい医療のかたちになればよい」と、熱い思いを語る。「Needs」「連繋」を組織名に込めたのには、こうした深慮があった。
大学に働きかけ、コミュニティスペースをオープン
Needsに参画したいと思う学生や、地域の側からも「若者が加われば活性化する」との声を聞いた伊東は、各大学に働きかけ、女子大生10人を新メンバーとし、地域の施設や商店街を活用したコミュニティスペース(カフェ)をオープンさせた。
若者と地域の住民がざっくばらんな話をすることで、伊東らが吸い上げられなかった情報をつかむ。食材は地産地消とし、メニューは女子大生らが考えた。売上は本人に渡る。「経営も学んでもらうというわけです」と、伊東代表は笑う。
また、社会福祉法人と連繋し、新たな試みを実践している。その一つが、発達障害を持つ子どもたち向けの放課後の施設サービスだ。「定員10人の半分が、1カ月で埋まる」ほどの人気となっている。背景に、深刻な問題があればこそだ。
それまでの関連法では、専門資格がない人間でも施設管理ができる状況だった。また、「そうした施設の一部は、入所者にビデオを見せるだけだったり、ゲームをやらせたりという状況だったんです」(伊東)。にもかかわらず国から交付金がある場合もあった。
9月1日から運営している施設は、2018年4月に法改正され、状況に「メス」が入った状況下での開始となった。医師や看護師、社会福祉士、精神保健福祉士、臨床心理士、教師、保育士など、「一対一で向かい合うのが得意な医療関係者がしっかりサポートする」(伊東)。
「親を含め、地域の一人一人と向き合う必要がある」
高齢者向けのデイサービスの起ち上げなどに関わったことのある伊東にとっても、学ぶことは多かったという。
「先天的な問題以外に、『過程と社会』の要素も大きいんです。知的障害ではないけど多動だったり、外で癇癪を起こしたりする子どもには、母親が同じ服ばかりを着せるなど、家庭の問題があることが分かったのです。母親や保護者に甘えられない寂しさが、外で爆発していました」(伊東)。そうした子どもたちも、スタッフが2対1で寄り添うと、1カ月ほどで落ち着いてくる。
そうした現状から「親を含む、地域の一人一人と向き合う必要がある」と感じている。
ただし、ボトルネックも存在する。それが、冒頭にも出てくる「医療資格者が、外に出たがらない」であり、「まずは、一般の人と医療関係者の両方がすぐに来ることが可能な場所作り」が急務だとしている。
北九州市と連繋し、発達障害児や、診断こそされていないもののグレーゾーンな児童らの親を対象にした悩み相談カフェの11月開設に動いているのは、そうした危機感への対処の一つである。「市民や医療関係者に対し、しっかりと行政側が打ち出せば、安心して病院から外に出てくるのではないか」と、期待を寄せる。
伊東からすれば、医療の世界独特の事情もあるとしている。例えば病院などの規則で、「副業と見なされるのでは」と懸念する関係者がいる。また、専門家であるがゆえに「外に出て説明するには、まだ何かが足りないのではないか」と不安に思ってしまうのだという。「だからこそ、地域で経験を積んでいく必要があると思っています」と語る。
求められるのは「個の力を持った人たちの集まり」
医療の資格を持ち、パラレルワーカーのごとく挑戦を重ねる伊東。大切なのは、「個の力を持った人たちが集まること」だと強調する。それも、医療資格者だけでなく、地域でのさまざまな職種の人が集まる、医療の現場でのオープンイノベーションである。
「地域医療で大切なのは、『隠さない』という態度です。だから、我々はメディアに積極的に情報発信しています。逆に、クローズドにしてしまうと『誰が何をしているのか分からない』となり、広がらないのです」。
そうしたクローズドで残念な結果となっているのが「性教育」で、「病院に行かないと分からない」では、正しい情報が広まらない。
「でも、これらは地域に出ていって話すことは可能なのです。聞きたいと言う人がいればその扉を開けて話すのが、医療の本質です」と伊東。誰もが平等に知る権利があり、病気になった時、知りたい時にだけ教えてくれるようなクローズドな環境ではなく、「どこでも必要な情報を仕入れられる仕組みづくりが重要なのです」と、言葉を続ける。
地域包括ケアシステムが未構築な今は、逆に追い風
そんな代表の目からすれば、地域包括ケアシステムがいまだに構築されていない現状は、むしろチャンスになるのだとか。「固まっていないからこそ、意見が盛り込めるのだから」(伊東)。
では、今後どう展開していくのか?
来年、再来年までの新事業を考えている一方、クリニック的な施設を立ち上げたいという目標を持つ。Needsが地域住民と語り合う「地域まるごと健康会議」で出た内容とすり合わせながら、そうしたクリニックや福祉の現場との連繋を模索する。
「視力が悪いのだって、一種の障害です。しかし、どこかに行って、安心の材料を得られれば、その人なりの健康を獲得して、笑顔で過ごせるでしょ?」。その笑顔を、地域で実践していきたいというのが、胸中にある。「医療資格者は資格にすがることなく、柔軟な考えを持つべき」。他の職種との連繋や、地域での受け入れの場で「資格を持っているから」と、自分の意見を押し通してはいけないという考えを持つ。
「たまたま私たちは、医療の国家資格を持っているにすぎない。皆が医療者。人として受け入れていくことが大切なんです」。それができた暁にこそ、伊東たちの地域医療が完成するだろう。