YouTubeだけでなく「映画」を途上国の子どもたちに

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「大学時代、テレビでマサイ族の子どもたちが紙切り職人のおじさんの芸を見ている場面を見たんです。初めてのものを、目を輝かせて見る子どもたちの顔が忘れられませんでした。それもあって、行き先をマサイ族の子どもたちがいるケニアに決めたのです」

ワールドシアタープロジェクトの原点となった経験を、代表の教来石小織(きょうらいせき・さおり)は語る。

教来石は子どもの頃から映画が好きで、映画を観ては将来の夢をふくらませた。小学生の時に映画監督になりたいという夢を持ち、大学では映画製作を専攻する。

大学3年生のとき、グループで実際に映画をつくる授業があった。しかし、集団行動が苦手な教来石は、異例の一人でドキュメンタリーを撮ろうとする。前から興味があったケニアまで行けば、一人で製作しても誰からも文句を言われないだろうと考えた。

ケニアで出会った子どもたちの目は輝いていた。だが子どもたちに将来の夢を聞くと、日本の子どもたちより出てくる選択肢がはるかに少なかった。知っている職業の種類が少ないからだ。教来石自身、映画で多様な職業を知ることができたという経験があったので、ここに映画館があったら仕事の選択の幅が広がるのではないかという思いを持ち、帰国した。

大学4年生になり、才能に限界を感じて映画監督の夢を諦めた教来石は卒業後、派遣社員の事務員になる。10年たったある日、ふと途上国で映画館をつくりたいという想いが去来する。そして、ワールドシアタープロジェクトを立ち上げた。

ワールドシアタープロジェクトの活動

2012年からスタートしたワールドシアタープロジェクトは、電気がない地域に住む子どもたちに移動映画館を提供するNPOだ。場所は主にカンボジア。バッタンバン州とシェムリアップ州を中心に、さまざまな村で上映を行っている。子どもと同行した保護者も含め、のべ5万人以上がこの移動映画館で映画を観ている。

上映する映画は、心を育むような内容を中心に選んでいる。また、年齢層にもよるが、子どもが飽きないで観続けられるのは30分程度。そうなると、日本のアニメーションが適しているという。

やなせたかし原作の「ハルのふえ」を上映すると、主人公の男の子が音楽コンテストで優勝するシーンでは子どもたちが拍手をする。また教来石が子どもの頃好きだった「ニルスのふしぎな旅」や宮崎駿・高畑勲「パンダコパンダ」も人気映画だ。サッカー好きな子が多いので、長友佑都が監修する「劇場版 ゆうとくんがいく」は真剣な眼差しで観るそうだ。

NPOを立ち上げた当初は、日本人がカンボジアに訪れて上映していた。現在は現地の人が映画を上映している。トゥクトゥク(三輪)ドライバーとして働くカンボジア人たちだ。彼らはこの「映画配達人」を副業にしている。というのも、電気のない地域で上映するには、発電機、プロジェクター、スピーカーなどの上映機材を運ぶ必要があり、それにはトゥクトゥクが適している。自分たちが持っているトゥクトゥクが活用できるのだ。

今年、教来石がカンボジアを訪れ、上映の様子を見ると、ローカライズが進んでいた。映画を上映する前に国歌斉唱をしているところもあれば、人が集まるということで現地の警察官が「麻薬はだめ!」という啓蒙をしているところもあった。

途上国で映画が観られない理由

途上国の子どもたちにNPOが映画を観せるという活動は、ほとんど行われていない。

背景のひとつは、緊急性がないからだ。途上国の支援は医療など、目の前ですぐに解決しなければいけない課題が中心になる。

ふたつめは、言葉の問題である。翻訳などにお金がかかる。そのためワールドシアタープロジェクトでは、オリジナルでクレイアニメも製作している。

みっつめは、複雑な権利関係である。映画はさまざまな権利でしばられており、無償もしくは安価な費用で上映できる作品が数少ない。活動を開始した当初は、映画の配給会社からほとんど相手にされなかったという。

いま上映している映画のひとつも、費用を払えば上映の許可が降りたが、決して安いものではなかった。しかし活動を続けていくうちにその映画配給会社の理解も進み、CSRの位置付けで協力する方向で社内調整したいという話も出てきている。

近年、貧しい地域ほど最初に出会うのがYouTubeというケースが増えている。テレビは映らなくても、スマホでYouTubeは見ることができるからだ。

「短い簡単な映像だけに慣れてしまうと、映画人たちが命を削って作った映画を、じっと座って観るということができなくなってくるかもしれません。小さいころから映画を観る機会をつくることは、映画の文化を維持するためにも、映画業界にとっても意義があることなのではと感じました」と教来石は語る。

NPOこそオープンイノベーション

教来石にも迷いがある。「解決しないと命に関わるといった緊急なテーマではないので、どこまで役に立っているのだろうかと、ときどき不安になる」。
しかし着実にワールドシアタープロジェクトの移動映画館は広がっている。「生まれ育った環境に関係なく、子どもたちが夢を持ち、人生を切り拓ける世界をつくる」ために「すべての子どもたちに移動映画館で映画を届ける」というビジョンとミッションのもと、多くのボランティアが集まる。多様な職種の社会人が協力したいと訪れている。彼らが自律的にカンボジアと調整をしたり、日本で認知度を高めるイベントを開催したりしている。

活動に共感したデザイナーはプロモーションに必要なさまざまな制作物をつくり、弁護士は著作権など法律に関する支援や知恵を提供する。

共感から生まれるオープンイノベーションが、ワールドシアタープロジェクトを支えている。

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